「数学のたのしみ」から
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2次方程式

上野 健爾 (日本評論社「数学のたのしみ」No.9より)

   教育課程審議会長の三浦朱門氏は雑誌「週間教育Pro」1997年4月1日号
  のインタビュー記事『「教育」今後の方向』の中で、教科内容の厳選に関して、
  教科のエゴをなくすために、たとえば数学では『曾野綾子のように「私は2次
  方程式もろくにできないけれども、65歳になる今日まで全然不自由しなかった」
  という』数学嫌いの委員を半数以上含めて数学の教科内容の厳選を行う必要が
  あると発言している。この発言から1年2ヶ月ほどたった今年の6月に教課審の
  審議のまとめが出され、2次方程式の解の公式は中学数学から姿を消すことに
  なった。
     この発言が2次方程式でなくてたとえば「私は理科が大嫌いで、地動説は
  日常生活で必要としなかったから教える必要はない」という発言であったら
  どうであったろうか。
     この三浦朱門氏の発言にマスコミはおろか数学教育関係者までだれ一人
  として公的に反論した話を聞かないのは、わが国の数学が置かれている立場を
  語って余りある事実であろう。
 
     2次方程式は古くから数学に登場し、その解法をめぐっては種々の試みが
  なされてきた。十進法の記数法を早くから用い、負の数をも自由自在に使いこな
  した古代中国を別とすれば、係数の正負の違いによって2次方程式の取り扱い方
  の違いに多くの数学者が苦労した。
     インドの数学とギリシアの数学をうけついで9世紀前半に活躍したアラビア
  の数学者アル・フワリーズミ (al-Khwarizmi) は2次方程式をすべての係数が正
  になる標準形に分類し幾何学的に解を求めた。彼の著書 "Al-jabr wa'lmuqabala"
  の移項を意味するアラビア語 Al-jabr が Algebra(代数)の語源となったことは
  よく知られている。また、12世紀アル・フワリーズミの著書がラテン語訳された
  とき、彼の名前はラテン風にAlgorismi と記された。そこからアルゴリズム
  (Algorithm) という言葉が誕生した。
     アラビアの数学は中国の数学と同様に問題の解法のアルゴリズムに中心
  が置かれていたので、この命名はそれなりに意味のあることではある。
 
     一方、中国では古代から平方根や立方根を求めるアルゴリズムが確立し、
  高次方程式の数値解法としてホーナー法と同等の方法が早くも11世紀から13世
  紀にかけて確立していた。この点では中国数学は、はるかに時代を抜きんでて
  いた。
     実用を重んじた中国数学では、方程式の解を近似的に求めることに終始
  した。しかし、そのことが災いして、方程式を解くことの意味や2次方程式の
  さらには高次の方程式の根の公式を求める方向へとは数学は進展していかなかっ
  た。方程式を文字式として表すことは中国では高次方程式の数値解法と同時に
  確立したが、係数までが文字になった一般の方程式を表す文字式はついに中国
  数学では登場しなかった。西洋数学が輸入され、それに対抗する形で進展した
  後期の中国数学でも一般の文字式は登場しなかった。いつでも好きな精度で方
  程式の解を求めることができた中国数学では、実用上の観点からは一般の方程
  式を考える必要はなかったのであろう。
 
     方程式の根の公式を問題にするようになったのは、近世ヨーロッパである。
  2次方程式の根の意味を考えることは、多項式の因数分解と密接に関係し、
  複素数が誕生するきっかけともなった。そのためには文字式の登場が必要で
  あった。
     文字式の登場によって数学がどれほど豊かになっていったか、近世ヨーロッパ
  数学の歴史を見れば一目瞭然であろうし、また、わが国の関孝和以来の和算の
  興隆の歴史もみても分かる。関孝和は傍書法の名のもとに、中国数学での
  方程式の記法を一般化して文字式に到達したのであった。
     文字式は今日では私たちは当たり前のものとして使っているが、一朝一夕
  に誕生したものではない。しかも、実用上の必要からもっとも数学が進歩して
  いた中国でかえって文字式が誕生しなかった事実は多くのことを語っている
  ように思われる。
 
     このように中学数学で教えられてきた2次方程式の背後には実にたくさん
  の数学者の苦労の歴史があり、学ぶのは容易ではないことが分かる。だから、
  2次方程式を中学数学でどのように扱うべきなのかは専門家の間で大いに議論
  があってもよかろう。しかし、日常生活で知らないと困るか困らないかで、中学
  で教えるか教えないかを議論すべき筋のものではなかろう。
 
     ところで、数学にかぎらず、科学技術をささえる多くの学問は、文明の
  利器としてだけでなく、私たちの文化の中の重要な要素となっている。地球は
  太陽の周りを廻っている。このことを知らなくても日々の生活には何の支障も
  なかろう。しかし、私たちの認識が天動説から地動説に変わったことは大事件
  であった。私たちが観察しているようには必ずしも世界は動いていないこと、
  現象を説明するためには観測結果に基づいて推論を重ねていく必要があること、
  その結果は時には私たちの直観とは大きく食い違っていること、こうした事実を
  知ることは私たちの認識に関する大事件であった。
     同様のことは数学においてはすでに古代ギリシア以来知られていた。
  当たり前と思う単純な事実から推論の積み重ねで、当たり前とは到底思えない
  事実を示すことができる。複雑な数学的事実を少数の公理から導いたユークリッ
  ドの「原論」は数学の推論の力を如実に示している。また、たとえば、平面
  幾何学でよく知られた事実「2点を結ぶ曲線のうちで最短のものは線分である」
  という事実からどれほど深い数学的事実が出てくるか、極大極小の問題から
  変分問題へと視野を拡げ行けばさらに現代の幾何学や物理学にまでかかわって
  くるように議論を深めることができる。
 
     このように、考えることの不思議さ、大切さを数学は教えてくれる。
  ユークリッドの「原論」に代表される学問としての数学の誕生は、古代ギリシア人
  の偉大な業績であり、今日の科学文明の基礎になっているが、また一方では私
  たちの文化の中に、考え方の基礎を与えるものとして深く根を下ろしているの
  である。そのことを、私たちは日頃ほとんど意識したことはないが。
     このように、数学は単に計算の仕方、問題の解き方を教える学問では
  なく、考え方そのものを問題にする学問である。
     2次方程式の解の公式を考えると、2乗して負になる数が避けて通れない
  問題となって登場してくる。それは、かっては多くの数学者が「虚の数」として
  公には使うことをためらった「数」であった。しかし、今日では複素数は数学で
  重要なだけではなく、電気工学や物理の量子力学でも必要欠くべからざる
  ものになっている。2次方程式と密接に関係した複素数は私達が知らないところ
  で私達の文明を支える大切な道具として大活躍しているのである。
 
     ところで、私は53歳になる今日まで曾野綾子の文章も三浦朱門の文章も
  一行も読んだことはなく、そのことで生活に何の不便も感じたことはない。
  だからといって、それだけの理由で、彼らの文章を初等・中等教育の教科書に
  取り上げる必要がないと主張すれば暴言の誹りは免れない。初等・中等教育に
  相応しい文章であるかないかは、教科書作成の際に判断すればよいことである。
     また、私は、これまで俳句を一句も詠んだことはなく、そのことで不自由を
  感じたことはない。多くの人にとってもそうであろう。だからといって、俳句を
  初等・中等教育の国語の時間からなくしてしまったら、私たちは多くのものを
  失ってしまうであろう。芭蕉は自分の俳諧を「夏炉冬扇」と称した。日常生活
  には不要のものである。しかしその一方で、芭蕉は自分の俳諧が西行や
  宗祇の伝統を引き継ぐ芸術であることを自覚していた。「夏炉冬扇」の俳句は、
  言葉の使い方をきびしく吟味し、言葉の持つ意味を深めてくれる。それによっ
  て、言葉の持つ力を私たちに再認識させると共に私たちの情感を豊かにしてく
  れる。それが文化の持つ大切な働きである。
     現在のわが国では教育においてさえ、すぐ役に立つ、目先のものばかり
  追いかけることによって、文化という大切なものを忘れ去ろうとしてはいない
  だろうか。
 
     言葉という観点からは、数学は、また、現代の多くの学問を記述する言葉
  としての大切な役割を持っている。
     数学教育に対する批判の多くは「夏炉冬扇」のたぐいばかり教え、役に
  立つことを教えないと要約することができよう。国語教育でいえば、俳句や短歌
  などを教えるよりは、すぐ役に立つ手紙の書き方を教えよといったたぐいの
  議論とよく似ている。しかし、俳句の世界を知ることによって、言葉に対する
  感覚を鋭くすれば、説得力のある依頼状を書くこともできれば、機知に富んだ
  手紙を書くこともできるようになろう。
 
     数学教育に対する批判にはもちろん一理があり、数学者も数学教育者も
  大いに反省すべき点があることは確かであるが、役に立つことばかり教えて
  それで十分であろうかという基本的な疑問が残る。「夏炉冬扇」の世界を覗く
  ことによって、道具としての数学に一層の冴えを期待することができるし、また、
  思いもかけないヒントをそこから得ることができることもあろう。すぐ役立つ
  世界を離れて「夏炉冬扇」の世界に遊ぶことは、長い眼で見れば不思議なほど
  役に立つ世界を手に入れていることにならないだろうか。数学の本当の有用さ
  というのは「夏炉冬扇」の世界に多くを負っていることは歴史を繙けばよく
  分かる。
     もちろん、すぐ役に立つ数学が「夏炉冬扇」の世界に大きく寄与するこ
  とがあることも声を大にして言っておかないと片手落ちになろう。中国数学が
  実用の学から出発して大きく進展したことはその一例である。しかしながら、
  高度に発達した中国数学は、一方ではその一番高度な部分は実用に必要ない
  ということで忘れ去られ、さらに進展していくことができなかったことも事実で
  ある。
 
     俳句といえば、私には蕪村の俳句がとても不思議に感じられることが
  ある。蕪村には
 
       易水にねぶか流るる寒さかな   
 
  という不思議な句がある。燕の太子丹の依頼を受け秦王(後の始皇帝)を暗殺
  しに出かける荊軻は、燕の国境を流れる易水で丹との別れに際して、
 
       風蕭々として易水寒く
       壮士ひとたび去ってまた還らず
 
  と歌った。荊軻の秦王暗殺はもう少しの所で失敗してしまうが、この句は史記
  の刺客列伝に描かれた話を前提にしていることは間違いない。その易水にネギ
  が流れている。誰かが料理に使った切れ端かもしれない。ネギの切れ端が流れ
  ている街中の清流と易水とが突然重なってしまう、実に不思議な句である。歴史
  の壮大なひとこまと、街中の卑近な情景(最もこのような情景もなくなって
  しまったが)とが一つになってしまうところにこの句の不思議さと蕪村の世界
  の不思議さがある。
 
     この句をはじめ、蕪村の俳句を詠んでいくと蕪村が住んだ世界と、時代
  とをもっと知りたくなっていく。
 
     しかし、現在のわが国の教育は、この蕪村の句を前にして、百科事典や
  インターネットで易水の場所を調べ、風景写真がないかを調べ、蕪村の伝記を
  調べていけばこの句を味わうことができる、としているように思えてならない。
  いや、句を味わうのではなく、ただ言葉を調べればそれでよい、としてしまって
  いるといった方がよいかもしれない。文化としての観点が全く欠落してして
  しまっている。
 
     数学でも、状況は同じである。2次方程式の解の公式を中学数学から追放
  することによって、数学を通して考えることの素晴らしさを知らせ、数学の
  拡がりを示す機会が中学数学から一つなくなった。2次方程式の解の公式を単なる
  知識として、暗記の対象として見るのであれば、それは妥当な処置かもしれない。
     しかしながら、数学というのは本来は考え方を問題にする学問である。
  解の公式を前にして、生徒のもつ様々な疑問と真剣に対応していくことによっ
  て、数学の学習を深めていく道を教育課程審議会はとるべきであった。私たち
  の文化のためにも教科のエゴを越えて、初等・中等教育で国語と数学の時間
  の増加こそ教育課程審議会は提案すべきであった。
 
     我が国の基礎教育は今崩壊の危機に瀕している。それは私たちの文化が
  滅びる危機でもある。
 
  (この文章は京都大学の上野健爾先生から転載許可をいただいて掲載しています。)

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